オークス、エリザベス女王杯を制し牡馬勝りだったダンスパートナーが蹄葉炎で死亡

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オークス、エリザベス女王杯を制し牡馬勝りだったダンスパートナーが蹄葉炎で死亡
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1995年のオークスと翌年のエリザベス女王杯を制した大種牡馬サンデーサイレンスの娘ダンスパートナーが死去しました。

それまではトニービン、ブライアンズタイムの血統がどんどん大レースを勝っていく中で、サンデーサイレンス産駒が爆発したのがこの年からでした!

皐月賞、オークス、ダービーとクラシック3大競争をサンデーの子たちが席巻していき、その中にこのダンスパートナーも名を連ねていました。

まだ当時は海外遠征というのが乏しかった時代で、3歳(当時は4歳表記)牝馬ながら果敢にフランスへ挑戦しにいったのもこの馬でした。

勝利を収めることはできませんでしたが、帰国後の菊花賞では牝馬ながら1番人気に押されるほどファンの支持が高かった馬でもありました。

武豊騎手でオークスを勝ち、四位騎手でエリザベス女王杯を勝って、終わってみればたったの4勝しかできませんでしたが、度々出走したG1レースでも牡馬相手に好走をした当時のあの姿に感服した非常に想い出深い馬でもあります。

明日の秋華賞にはこの馬のメイにあたるカイザーバルが出走しますが、天国からこの馬の好走を見守っていることでしょう。

とにかく冥福を祈りたいですね。

JRAは15日、1995年オークス、1996年エリザベス女王杯などG1で2勝を挙げたダンスパートナーが14日に北海道・千歳の社台ファームで蹄葉炎のため、死んだと発表した。24歳だった。

 同馬は父サンデーサイレンス、母ダンシングキイ(父ニジンスキー)で、1995年1月に栗東・白井寿昭厩舎からデビュー。桜花賞2着、オークス1着後、3歳でフランスへ遠征(ノネット賞2着、ヴェルメイユ賞6着)した。帰国後、牝馬で菊花賞・G1に挑戦。1番人気に推されたが、5着に敗れた。

 古馬になってから96年エリザベス女王杯を制し、96、97年宝塚記念で3着に入るなど、6歳まで息の長い活躍を見せた。97年有馬記念(14着)を最後に現役を引退した。通算成績は25戦4勝(うち海外3戦0勝)。

 その後は、繁殖牝馬として社台ファームでけい養。半兄エアダブリン、全弟ダンスインザダーク、全妹ダンスインザムードという血統背景もあって、人気を集めた。ただ、産駒で重賞ウィナーは、12年中山記念、中山金杯を勝ったフェデラリスト(父エンパイアメーカー)だけだった。

 社台ファーム・池田充場長「オークスを勝ったことはもちろんですが、フランス遠征で敗れはしたものの、ヴェルメイユ賞で1番人気に推されたことが驚きとともに、とてもうれしかったことを覚えています。母としても重賞勝ち馬のフェデラリストを輩出するなど、20歳を超えるまでよく頑張ってくれました。この血統をこれからも大切に育てていきたいと思います」

出典 http://headlines.yahoo.co.jp

▼武豊とともにオークスを制したダンスパートナー!

▼四位とともにエリザベス女王杯を制したダンスパートナー!

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