想いでの重賞メモリアル(有馬記念・オグリキャップ)

想いでの重賞メモリアル

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時は1990年、まだバブルの絶頂期です!

「バブル」という時代を知らない方には恐縮ですが、今思い返せばほんと良い時代でした。

とにかく世の中にはお金というものが溢れかえっていました


人々の財布の紐は緩く、毎夜繁華街では浮かれて飲んだくれて道端に転がっている人たちが五万といました

どこの店も商売繁盛、夜中の3時になってもタクシーは捕まらない

クリスマスとかになれば20代そこそこの若造が女性を連れてヘリコプターをチャーターし、夜景を楽しみ、高級ホテルに泊まり、ブランド品を好きなだけプレゼントなんていうのも当たり前。

株はどんな株を買っても上がり、不動産は天井知らずで上がり続けました。

就職戦線は完全なる「売り手市場」。

とにかくどこの企業も人手が欲しくて仕方なく、会社の説明会にいけば豪華な昼食をご馳走してくれたり、内定なんて簡単に貰えたほどの手厚い待遇。

こういう時代がほんとあったんです、信じられますか?

ほんと、現在とはまったく真逆の、夢のような時代でした。

そんな最中、競馬というものが変わったなぁというのがこの1990年ぐらいからでしょうか!?

今では当たり前のあのジョッキーを賞賛する「コール」というのが流行ったのもこの年のダービーから。

アイネスフウジンで有名なあの「中野コール」です。

そして、競馬を盛り上げたのが芦毛のアイドルオグリキャップと若い天才ジョッキー武豊でした。

地方笠松から鳴り物入りで中央へ転戦してきて連戦連勝を重ね、同時期にタマモクロスという同じ芦毛馬との戦いもあって芦毛伝説とも言われました。

タマモクロスが引退し、堂々オグリキャップが競馬界を引っ張る立役者となり、常に一生懸命に走るその姿にファンは魅了していきました。

馬主の脱税問題で世間が騒いだりもしましたが、オグリキャップは走る労働者のように頑張り続けました。

でも、そのオグリキャップに異変が生じたのが競走生活最後の年の秋の天皇賞でした

断然の1番人気に支持され誰しもが期待を寄せていたにも拘わらず結果は6着と凡走をしてしまい、次のジャパンCでも競走生活の中で最悪の13着という結果に終わり、もうオグリキャップは終わってしまったのかと騒がれたのものです。

当時のオーナーの近藤氏が最後の望みを掛け、オグリキャップの鞍上に武豊を指名し、引退レースとして最後に挑んだのが有馬記念でした。

当日は4番人気に支持されるも、まさかまさかの劇的な勝利!!

場内は感動に酔いしれている人、涙を流して喜んでいる人、歓喜の雄叫びを挙げている人で埋め尽くされていました

ちょうどゴール板前で観戦していた私もこの時ばかりはほんと胸が熱くなりました!

この時の思い出は26年経った今でも鮮明に覚えています

あの感動のラストランをもう一度、ぜひご覧になって見てください



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