想いでの重賞メモリアル(桜花賞・オグリローマン)

想いでの重賞メモリアル

想いでの重賞メモリアル(桜花賞・オグリローマン)
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時代は1994年、今から23年前の桜花賞です。

あの年の競馬界での一番のニュースといえばナリタブライアンが三冠馬に輝き、続く有馬記念でも圧倒的な強さを見せつけてその年に四冠馬になったことでしょうか。

3才牝馬ではヒシアマゾンという強い馬もこの年に活躍しましたね!

野球の世界では元巨人軍の槙原寛己が対広島戦で完全試合を達成したのもこの年でした。


F1レーサーのアイルトン・セナがレース中に衝突し死亡、その年の宝塚記念では彼の怨念が乗り移ったかのようにアイルトンシンボリという馬が2着に激走しました!


日本人女性初の宇宙飛行士・向井千秋さんがスペースシャトルで宇宙へ旅立って話題になったのもこの年の出来事。


そして、この年の桜花賞当日は個人的にも、忘れようにも忘れられない特別な日でもありました

それは、私管理人の結婚式の二次会が横浜であったんですね!

普段なら当然G1レースですからウインズへ馬券を買いにいくところですが、さすがにこの日は行けなかったですよ

前日からこっそりと競馬新聞を睨めっこ、買うんだったら武豊のオグリローマンからだなと思っていました。

そう、このオグリローマンこと、あのオグリキャップの妹にあたる存在で、兄と同様に笠松から中央へ転入してきて当時話題になっていました

トライアルのチューリップ賞で2着に入り、なんとか桜花賞の優先出走権を獲得して本番へ出てきたんですね

でも、話題や人気先行型で武豊が乗っても3番人気までにしかならなかったのは今思うと不思議でしたね

そして、もう1頭、偶然にも私たちの門出を祝うかのようなネーミングの馬も出走していました

その名も「ツィンクルブライド」です。

この馬名を見た瞬間、何故か閃きましたね(笑)

当時は携帯電話はありましたが、まだでっかくて重たい時代で使い勝手が悪かったなぁ(笑)

もちろん、当時はインターネットなどというものはなく、ラジオとか電話での競馬実況中継を聞くことでレースの結果を知ることしかできませんでした

二次会が終わり、次の三次会へ向かうちょっとした時間、気になっていた桜花賞の結果を電話で聞き驚愕したのが昨日のように思い出されます

なんと、」結果は1着オグリローマン、2着にも同じ芦毛馬のツィンクルブライドが入って馬連で万馬券だったのです!!

「うわ~、馬券買いたかったなぁ、買ってれば取れたじゃん!!」と私は力が抜けてしまいました

今の時代なら、ネットで投票できますが、まだそういった類のものも無かった時代でしたからね。

終わってみれば芦毛馬のワンツーで、もちろん桜花賞史上初めての出来事でした。

この後は勝ったオグリローマンも、2着に入ったツィンクルブライドも、一度も勝てずに引退していってしまいました。

史上初のマル地の桜花賞馬が誕生、そして“白い桜”が仁川のターフに舞ったその瞬間をぜひご覧になって見てください!!

▼1994年の桜花賞の勝ち馬オグリローマン!

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