想いでの重賞メモリアル(オークス・イソノルーブル)

想いでの重賞メモリアル

想いでの重賞メモリアル(オークス・イソノルーブル)
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時は1991年になります!

今から26年前にもなりますが、この時のオークスではイソノルーブルという馬が勝ちました。

鞍上には「ターフの紳士」という異名を持った松永幹夫騎手。


12年前、秋の天皇賞でヘブンリーロマンスに跨って大波乱を演出し、当時競馬場へご来場だった天皇皇后両陛下の前で馬上から敬礼をしたその姿が今でも競馬ファンの中では語り継がれていますね


「もう僕、一生G1を勝てないんじゃないかと思っていました」という彼のオークスでの勝利ジョッキーインタビューが今でも頭から離れません。

そんな彼とイソノルーブルという馬が走っていた1991年というのはこんな年でもありました。

つい昨日、ご婚約を内定された秋篠宮文仁親王の長女眞子さまがお生まれになったのがこの年の10月でした。


当時の紀子さまのこの大変嬉しい表情が凄く印象的ですね

ご婚約の日取りは6月とのことですが、お幸せになってもらいたいですね


そして、時代はまだバブル景気に沸いていた頃でもあります

この年の春にディスコの火付け役でもあったあのジュリアナ東京がオープンしました。


バブルを話題に取り上げられるときは、その象徴のように映像がよく流れましたね

自然災害では九州の雲仙普賢岳で火砕流が発生したのもこの年でした。

最大11.000人の人たちが避難し、噴火活動は1990年から1995年3月頃まで続きました。


当時のテレビドラマでは、「東京ラブストーリー」や「101回目のプロポーズ」などトレンディドラマと呼ばれるものが人気になりました。


そして、競馬の世界ではこの年の暮れの有馬記念では単勝オッズ137.9倍のダイユウサクがコースレコードとなる2分30秒6で勝利。

実況でも「これはビックリ、ダイユウサク!!」とアナウンサーの絶叫が今でも耳に残っています

振り返ればこの年なんかは、まだ今の時代と比べれば遥かに良かったなぁと管理人もしみじみと思いますね

話を元に戻しますと、この年の桜花賞で1番人気に支持されていたのが今回のイソノルーブルだったんですが、運悪く競走前に落鉄をしてしまいました。

蹄鉄の打ち直しにも失敗したため右前脚に蹄鉄を装着しないままなんとレースは11分遅れでスタート。

このとき場内放送で観客には落鉄の事実は告げられていましたが、打ち直しが失敗したことは告げられなかったため大きな混乱を招いていたのを今でも覚えています。

そんな不運なイソノルーブルと松永幹夫騎手には更なる試練が待ち構えていたのがこのオークスでした。

それは20頭立ての20番枠という大外からのスタートになってしまったわけです

しかし、勝利の女神は彼とイソノルーブルを見放しませんでした

なんと、追いすがる1番人気のシスタートウショウをわずかに抑えこみ優勝をしたのでした。

その時の喜びようはまさに勝利ジョッキーインタビューにも表れていました。

まさに、イソノルーブルに騎乗してた松永幹夫騎手はこの時「デビュー6年目でGⅠ初制覇」だったのです

大外枠を見事に克服し、念願のG1タイトルを手中に収めた当時のレースをご覧ください。

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